日本茶の文化継承 〜Part.2 市民編〜

「文化伝統の継承は、人から人へ」

市民である紅林公一さんは、同好会のように広がっていた手揉茶の活動を「伝統の手揉みの技を育成していかなければ、本当のお茶の味覚や風味を後世に残すことはできない」と、牧之原市に茶手揉保存会を設立しました。

牧之原市茶業振興協議会・牧之原市茶手揉保存会

牧之原市茶業振興協議会・牧之原市茶手揉保存会

保存会は、地元の小学生や保育園児に手揉みの体験を指導、イベントなどで手揉の実演、お茶の美味しさを理解してもらうなど、2007年度、現在会員91人の方々が文化継承のための活動をしています。
横山嗣人さん(牧之原市茶手揉保存会 - 会員)

横山嗣人さん
(牧之原市茶手揉保存会 - 会員)

昭和61年生まれ、20歳。
独立行政法人 農業食品産業技術総合研究機構野菜茶業研究所の研修課程を修了。今春から「農業」を仕事として選んだ牧之原市在住の就農者です。

■牧之原市茶手揉保存会のイベント

2007年4月6日に行われた茶摘み・手揉みのイベントに参加することになりました。イベントは、昨年、献上茶の指定農園(茶摘み式が行われた片浜)お茶畑3アールで、約50人(体験者、関係者、保存会の人々を合わせ)が、朝7時30分、お茶の葉を摘むことから始まりました。
摘んだお茶は手揉み道場へ運ばれ、牧之原市茶手揉み保存会会員を中心に今年初めての牧之原の手揉み茶が、道場の12の焙炉(ほいろ)で作られました。
保存会会員のお年寄りは、お孫さんと同じくらいの年齢の会員に「どこの若い衆ズラ?」と気楽に声を掛けます。こんな言葉のコミュニケーションから、手揉みの技術が伝承されますが、伝承する人と伝承される人、尊敬されることの喜びと教えてもらう側の礼儀正しさ、そのココロの交流がとてもすてきでした。

〜茶摘みをします〜

【葉を摘む前にお約束事】

お茶を摘む前、保存会会員から摘み方の説明を聞きます。

【一芯二葉(いっしんによう)】

二枚の若葉がついた芽の先端の部分を摘んでいきます。

【お茶の葉っぱの手触り】

手揉み茶を作るためのお茶の葉を摘みます。赤ちゃんの産毛のような柔らかい葉っぱです。

【量ります】

36kgの茶葉を摘みました。これだけのお茶を一気に摘むということは難しい。一人ではできない作業です。

〜牧之原市茶手揉保存会の手揉みをご紹介〜

1.【蒸し】


お年寄りから若者まで、多くの人々の手によって摘まれたお茶の葉は、蒸し器で蒸され、浅緑の色に変わりました。


手揉み製茶の製茶用器具「焙炉(ほいろ)」です。今はガスを使っていますが、昔は炭を内部に置いた台の上に、こんにゃくのりでのりづけした和紙をはった枠を乗せて手揉みを行いました(助炭)。

2.【葉振るい(露切り)】


焙炉(ほいろ)に蒸したお茶の葉を広げます。蒸して水分がたっぷりと含まれたお茶の葉の露を切ります。


葉っぱと葉っぱを手のひらの中で、フアフアと回転するように回します。しばらくすると、表面の水分がだんだんと取れてきます。

3.【軽回転揉み】


露切りができたら、茶葉を転がすように揉んでいきます。

4.【重回転揉み】


茶葉の水分が減ってきました。


少しずつ力を入れて揉み込んでいきます。


深緑のきれいな玉になりました。


色よし、艶よし、香りよし。

5.【突き練り法】


重回転の最後に作ったお茶の固まりに力を込めて、突くように揉み込みます。牧之原市茶手揉保存会のお年寄りが突き練りの技術を披露します。

6.【玉解き】


粘土状になったお茶の固まりを、助炭上でほぐすように解きます。

7.【中上げ】


玉解き後、お茶の葉は、焙炉(ほいろ)から取り出し、玉解きの不十分な所を補います。

8.【助炭整備(清掃)】


中上げしている間に、ぬれタオルで助炭(こんにゃくのりでのりづけした和紙をはった枠)に付いた茶渋をきれいに清掃します。きれいになった助炭へはこんにゃくのりを塗って乾かし、中上げしたお茶を焙炉(ほいろ)に戻して仕上げ揉みに入ります。

9.【揉みきり】


茶葉は、揉み手の手のひらの中で細く長い針のような姿になっていきます。この技術は大変難しい。これができると楽しくなるかもしれませんね。

10.【転繰り揉み】


茶葉を押し手、受け手と抱き合わせるように擦り合わせ、回転させるような感じで揉みます。

11.【こくり】


お茶の葉が輝きを増しました。


香味を上げるよう手から手へ滑り出すような感じになるまでの仕上げ揉みです。


道場に西日が差すころ、朝摘んだ茶葉がこんな形になりました。


細長く艶やかなこの茶葉は、上等な焼き海苔のような味がしました。

12.【乾燥】


助炭上(こんにゃくのりでのりづけした和紙をはった枠)に薄く広げた茶葉。ムラが出ないよう、時々手返しして乾燥させます。

■手揉み新茶は平田寺(へいでんじ)の花祭りに奉納された


手揉み製茶全盛期(明治初期)には、多くの流派が技術と製品の良否を競合したといいます。相良藩主である田沼意次が再建した平田寺・へいでんじ(臨済宗)の境内には、お茶の粗悪品が横行していた時代、この地と取引のあったアメリカのへリア商会から「常に上質茶の製造を行った」という感謝状の製茶功績碑が祭られています。

画像は献上茶を詰めた茶壷のミニチュア


製造者今村茂兵衛・戸塚豊蔵の老練なる見識と配慮に感謝の意を表明したいと、ヘリア商会が1916年に送った感謝状の碑。


平田寺の花祭り(2007年4月7日)で感謝状の碑に新茶を奉納。碑に手を合わせる牧之原市茶手揉保存会の会員。


花祭りに集まった市民の方々にも心を込めて作った手揉み茶を振る舞いました。

〜代々伝わる“街の誇り”を大切にする姿は、心地良い〜

牧之原市に伝わるお茶文化を多くの方々に理解していただけるよう努力している牧之原市民の姿、若い人々がお茶を通じてその技術をお年寄りから学ぶ姿には、年齢を意識することのない“人と人との自然体の触れ合い”があり、すがすがしさを感じました。街の文化継承が人の魅力を引き出す、すてきな街でした。